Mの話は長いが軽い 第五回 では、その専門性とやらを

エッセイ

 ここまで随分時間がかかりました。もったいぶった言い方をするのは、悪い癖であることを自覚してもなお、治らないのは老化の一種じゃないかとも思う。失うものがないお陰で言いたい放題、かつ査読もない世界線からの回答をお知らせしよう。

 外科循環器内科精神科家庭医療消防
目的疾病の除去疾病の除去疾病の安定病(やまい)の回復火事の鎮圧
方法(代表)手術カテーテル精神療法PCCM+ networking消防車
時間日常日常日常日常日常

 え〜どうでしょう。病い(やまい)やPCCMやらの言葉は、家庭医療界隈では有名なのですが、それこそ臓器別専門医の方々からすれば、数多の?が頭上に高速展開しているのが見えます。今年の秋に行われる東北支部プライマリ連合学会の発表用抄録では次のように書きました。多少わかりやすいでしょうか(文体が違って別人のようなのはご愛嬌)。それにしたって、あれらの言葉は解説が必要になるよね。

家庭医療の専門性を1)やまい(illness)の回復を目的に2)PCCMとnetworkingという方法を3)日常的に用いるものとして提案したい。PCCM (patient-centered clinical method)とnetworkingをもって、日常のコンテンツを利用・統合しつつ目的を明確化する中心となる手段・方法と位置付けるのである

 そこで、また長くなるのだけれど、病い(やまい)から説明しよう。私がこの言葉に出会ったのは40歳を超えた頃なので西暦2000年前後。アーサー・クラインマンさんという臨床人類学の先生の本で1996年に日本語訳として出版された『病いの語り』の中であった。誰かの話か書評に惹かれたのかは定かでないが、それを読んでかなり驚きましたよ、40歳の私は。“やまい”という言葉はその人の人生の物語の中でしか理解しようがない不全感であって、主訴における自分の解釈や生活の具体的な不具合や精神に与える影響などの一切を含んでいる。英語ではillnessとされていて辞書を引けば病気と出てくるし、A Iに尋ねると“身体的、精神的両方の不調を含む、健康状態の悪化を表す幅広い概念”と教えてくれました。ここでは医学的な解釈である“疾病”と自己の解釈世界である“病い(やまい)”を分けて、その後者にあたるものになります。そう、さらにここで健康状態の悪化という表現が出てきますね。これが秀逸だと思うのであります。やるな、A I。今回専門性の目的とした“病いの回復”はすなわち、不全感の回復=健康状態への回帰というということになります。ここで健康とは完全無欠の心身状態を意味するのではなく、いわゆる「動的な適応能力としての健康」―人生のさまざまな課題(身体的、感情的、社会的)に柔軟に対処できる能力―のことなのである。つまり動的な適応状態への回復が、我らの目的ということになるのですぞ。さあ、ここからPCCMとnetworkingという方法論に突入するところで、次回へ。

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